料理の裏側|シェフのリアルに触れる、本音対談 Vol.2
間中弘(Hiroshi Manaka)シェフ
今回のゲストは、イタリア、スペイン、フランス──。
ヨーロッパ各地のミシュラン星付きレストランで経験を積み重ね、国やジャンルにとらわれない視点を持つ料理人
間中弘シェフ。
「Washoku Oceania Networkなのに、和食じゃないの?」
そう思われた方もいるかもしれません。
けれど、彼の料理や言葉に触れるとすぐに気づきます。
今彼が手がけているレストランの随所に、日本的な精神性や感覚が、自然なかたちで息づいていることを。
自身がヘッドシェフを務めるレストラン「Five」も、五味. 五色. 五法. 五適. 五感など、日本の五行思想に由来していると聞けば、話を聞かずにはいられません。
インタビューでは、料理への強烈な情熱はもちろん、修業時代に人間不信に陥った経験や、海外での葛藤など、普段はなかなか表に出てこない一面も語ってくれました。
特に印象的だったのは、子どもの頃からの夢を叶えた今もなお、
「でも、いまだに夢の中です」
と語ったその言葉。
料理人という仕事の奥深さと美しさを、改めて感じさせられる対談です。
実は最初はイタリアン志望ではなかった、という話もとても楽しかったです。
それでは、早速始めましょう。

インタビュー開始
(私)
今日はよろしくお願いします。
いつも会うときとはちょっと違う雰囲気ですが、楽しくいきましょう。
(間中シェフ)
緊張するな(笑)
Q:料理の道に進んだきっかけは何ですか?
正直、「これだ!」っていう決定的なきっかけがあったかというと、あんまりなくて。
でも気づいたら、料理人になることが夢だった、という感じなんですよね。
小学校の文集に、「料理人になって、自分の店を持つ」って書いていたらしくて。
自分でもほとんど記憶がないんですけど、小学2年生くらいから、そう思っていたみたいです。
母ちゃんが料理好きで、よく手伝ってたのも大きいですね。
特にミートソースがすごく得意で、それが小学校の友達に大人気だったんですよ。
友達が遊びに来ると振る舞ったりして。
そのときに、
「おいしいものって、人をつなぐ力があるんだな」
「人を笑顔にする力があるんだな」
って、自然と感じていた気がします。
テレビやドラマでも、料理人が主役の番組が多かった時代で。
作っている姿や立ち振る舞いに、素直に憧れていました。
(私)
わかる! 私も小学校の卒業式で「一流の中華料理人になる!」って言った記憶がある。
(間中シェフ)
(笑)中華だったんだ!俺は寿司屋になるって言ってたな。
そういう記憶って、ちゃんとつながってるんですよね。
子どもながらに外からの刺激を受けて、将来の姿を無意識に描いている。
……でもね、いまだに夢の中です。
Q:これまでのキャリアで、転機になった出来事はありますか?
もう、ありすぎて(笑)。どれを選べばいいかわからないくらい。
でもやっぱり、
イタリア、スペイン、フランス、シンガポール……
国を変えるたびに、大きな転機がありました。
国をまたぐって、本当にエネルギーがいる。
でもそれ以上に、「学びたい」「新しい冒険が始まる」っていう気持ちのほうが強かった。
新しい土地、文化、歴史、料理、人。
食材はもちろん、世界が一気に広がる。
東京で最初に働いた、恵比寿のイタリアンもそうでした。
初めての一人暮らし、初めての現場。
右も左もわからない状態で、イタリア料理の扉を叩いた。
場所を変えるたびに、いつも新しい気持ちで向き合ってきました。
Q:今の料理スタイルに影響を与えた人物・文化・土地は?
これも、たくさんあります(笑)。
まず、忘れられないのがイタリアでの体験。
東京で約5年修業して、27歳のときにイタリアへ渡りました。
ナポリとプーリアの間にある
水牛モッツァレラの産地、モッツアレラとかストラッチャテッラ、ブッラータなど、
フレッシュなチーズの工場に朝4時半くらいに行った時、
「できたてを食べてみろ」って。
まだほんのり温かくて、口に入れた瞬間、ミルクがじわっと広がる。
クリーミーでリッチで、でも驚くほどやさしい。
その瞬間、
今まで自分が“イタリア料理”だと思って出していたものが、全部壊された気がしました。
東京でイタリア人と一緒に働いて、クラシックもやって、
自信満々で出していた料理が、
「もしかして偽物だったんじゃないか」って思うくらいの衝撃。
フレッシュって、ここまで違うのか、と。
20年以上前の話だから、日本に届く頃にはまったく別物になっていたと思います。
「クラシックは、イタリアでしか完成しないものもある」
そう強く感じた原体験ですね。
人生を変えた一皿
人物で言えば、たくさんのシェフに影響を受けましたが、
料理人人生を変えた一人を挙げるなら──
レストラン カンテサンス(Quintessence)岸田周三シェフ。
当時、イタリアで3年目くらい。
北イタリア・ピエモンテ州の二つ星レストランで、メインを任されていました。
週に50〜60羽の鳩をさばいて、鳩料理にはかなり自信があった。
正直、ちょっと調子に乗ってたんです。
そこに、ミシュラン史上最年少で三つ星を獲得した岸田シェフの存在を知り、食べに行った。
豚の血のパイ、ブータンノワールとフォアグラを食べた瞬間、言葉が出なかった。
そして鳩はシンプルに焼いただけのお皿。火入れが完璧すぎてソースがいらなかった。
何百、何千と触ってきた食材だからこそ、その差が、はっきりわかった。
三つ星の高さ。フレンチの技術の奥行き。
その体験が、「スペインに行こう」「フランスを見よう」と決める大きなきっかけになりました。
イタリアは、良くも悪くも保守的。
だからこそ、ヨーロッパにいる今、自分のベースを引き上げる必要があると思った。
スペインを選んだ理由は、World’s 50 Best Restaurantsにスペイン勢が多かったから。
その“からくり”を知りたかった。
二つ星の店を辞め、トラットリアでヘッドシェフとして働き、資金を貯める。
ビザもなく、給料も出ない研修になることは最初から分かっていた。
だから、「1年」と期限を決め、逆算して動きました。

Q:料理を作るとき、常に意識していることは?
ヨーロッパの土俵で勝負している以上、
ヨーロピアンに愛される料理を作る意識は、常にあります。
彼らには、何百年と積み重ねてきた料理の歴史がある。
その力を借りながら、その文脈の中で勝負する。
新しい料理を考えても、まずは彼らに食べてもらう。
「おいしい」「懐かしい」「このベースがあって、こうなっているのか」
そう伝わる料理を目指しています。
それは、リスペクトでもあります。
Q:自分らしい料理だと感じるポイントは?
クラシックなイタリアンやフレンチをやってきた中で、
あるとき気づいたんです。
日本人としてのアイデンティティの大切さに。
イタリアに行って2年半〜3年目くらい。
同じ食材、同じ作り方なのに、イタリア人が作るパスタは、やっぱりイタリアっぽい。
自分の料理に納得できなくて、
「なんで俺はイタリア人じゃないんだろう」
「フランス人じゃないんだろう」
そう思った時期もありました。
でも一方で、
彼らは日本という文化にものすごく興味を持っている。
「日本人だから」って理由で、魚を任されたり、
「手先が器用で羨ましい」と言われたり。
自分は彼らを羨ましがって、彼らは日本人を羨ましがっている。
その矛盾に気づいたとき、腹が決まりました。
俺は日本人で、それは何十年料理をやっても変わらない。
だったら、
日本人としてのアイデンティティを活かした料理を作るのは、自分にしかできない。
イタリアンとヨーロピアンをベースに、オーストラリアで料理を作る。
この“ちぐはぐ”な要素を、一皿の中で一つにする。
それを、ずっと心がけています。
Q:素材を選ぶ際、もっとも大切にしている基準は何ですか?
もちろん、基本的なところは他の料理人と同じです。
色、鮮度、形、香り。そういったものは、すごく大事にしています。
その上で、やっぱりその土地でしか手に入らないものには、特にフォーカスしています。
正直、どこの国の料理も全部、郷土料理の集合体だと思っていて。
郷土料理って何かと言えば、その時代の食材や気候、文化。
その土地で自然に生まれた料理だからこそ、そこに根付いて、愛される。
日本料理もイタリア料理も、すべてそこがベースですよね。
だから、ネイティブな素材はすごく大切にしています。
オーストラリアにもたくさんあって、挙げたらきりがないけれど、
ウォーターレモンマートル、デビッドソンプラム、シーブライト、シーバナナ、ソルトブッシュなど、
そういう素材を取り入れることで、その土地でしかできない料理を作りたい。
そんな意識で、食材を選んでいます。
Q:オーストラリア食材を使うときに工夫していることは?
「工夫している」と言うと難しいんですが、
無意識にやっているのは、まずちゃんと食べること。
そして、自分の中の「常識」を疑うことですね。
いろんな国を回ってきて思うのは、
たとえばナス一つとっても、土地が変わればまったく違う。
イタリアのナスは力強くて、味が濃いから、塩をして一晩アクを抜いたりする。
でも「同じだろう」と思い込まず、まず食べてみる。
今までヨーロッパでやってきたレシピを、そのまま持ってくることはできない。
日本ではこうしていた。
フランスではこうだった。
じゃあ、オーストラリアではどうか。
「ちょっと水っぽいな」とか、「えぐみが強いな」とか。
同じ食材でも、必ず違いがある。
引くのか、足すのか、掛けるのか。
その土地で、自分の舌で理解してからアプローチする。
そこはすごく気をつけています。

Q:伝統技法と新しい発想を組み合わせる際に意識している点は?
「主役がどこにあるか」ということです。
あくまで基本がベースにあって、基本の調理法や食材の組み合わせがあって、
その根っこの部分をしっかり作った上で、その上に遊びや新しい発想を重ねていく、
という考え方ですね。
あと守破離という言葉がすごく好きです。
自分は、守破離の「守」の部分を10年〜15年くらい、かなり長くやってきた。
だからこそ、基礎を大切にしながら、新しい組み合わせを考えられる。
ヨーロピアンに食べてもらって、
「初めての組み合わせなのに、懐かしい」
「自分の郷土料理にちょっと似ている」
そう感じてもらえるのが理想ですね。
正直、天才じゃない限り、
翌日起きていきなり全く新しい発想が降ってくることなんて、ほとんどない。
結局は、これまでの経験や知識、
和食での組み合わせをイタリアンに置き換えてみる、
そういう積み重ねだと思っています。
引き出しは常に基礎。
そこに、季節や土地、新しい要素を加えていく。
あと、旨味に関しては、イノシン酸やグルタミン酸などの組み合わせも意識しています。
Q:最近取り組んだ新しい技術や挑戦はありますか?
新しい、というと難しいですが……
ハムなどの保存食には、ずっと興味があります。
あと。麹ですね。
日本人が昔から親しんできたもので、麹菌は日本特有のものだと思っています。
そういった発酵の力を使って、自家製のものを作り、料理に深みを与える。
そういう使い方は、今後も広げていきたいですね。
Q:オーストラリアの食文化から取り入れていることは?
まさに、今Fiveで出している料理ですね。
ベジマイトを使っています。
ベジマイトは、オーストラリアを象徴する調味料。
日本で言えば、醤油や味噌のような存在だと思っています。
正直、最初に食べたときは
「これ、よく食べられるな……」って思いました(笑)。
すごく塩辛いし、
バターとベジマイトだけで食べる文化は、なかなか衝撃的で。
でも、彼らにとっては馴染みのある味。
だからこそ、どう料理として成立させるかを考えました。
今出しているのは、モートンベイバグ(Moreton Bay Bug)の一皿。

ベジマイトに、ブラックガーリックと野菜のブロードを合わせてピューレにし、
アクセントとして使っています。
バグはパンフライして、シェルフィッシュオイルを少し。
北京ダックのようなスタイルで、スピナッチのピューレを使った緑のクレープに、
キュウリのジュレ、ポロネギ、オイスターのマヨネーズを合わせて、手で包んで食べてもらう。
オーストラリアを象徴する食材同士を、自分なりのアプローチでまとめた料理です。
今、すごく人気ですね。
特にオージーのお客さんに喜ばれています。
ベジマイトらしさは残しつつ、塩分などは調整しています。
Q:料理に驚きや感動を生み出すために工夫していることは?
今の時代、おいしいのは当たり前。
味だけで驚かせるのは、正直かなり難しい。
だから、プレゼンテーション、視覚、食感、音、香り。
五感すべてを刺激する料理を意識しています。
Q:この仕事を続けるうえで、一番の喜びは何ですか?
やっぱり、お客さんに喜んでもらえることですね。
それと、レストランという空間自体が好きなんです。
Fiveに来る人も本当にさまざまで、
誕生日を祝うカップル、熟年夫婦、
子どもにおいしいものを食べさせたい家族、
2回目・3回目のデート、
女性同士のパーティー使い。
テーブルごとに主役が違う。
それが、すごく面白い。
オープンキッチンで働きながら、その景色を見られるのが好きですね。
Q:苦しかった時期はありましたか?どんなときでしたか?
ありますよ。めちゃくちゃ。
若い頃なんて、毎日辞めたいと思ってました。
イタリアに行ったばかりの頃は、ホームシックもあって、人間不信みたいになって。
シェアハウスに住んでいたけど、シェアメイトに会うのもストレスで、
部屋から出たくなくて。
……正直、ペットボトルにおしっこしたこともあります(笑)。
でも、今となっては笑い話。
本当に。
Q:料理人として、これだけは譲れない価値観は?
ヨーロピアンを納得させること。
彼らの土俵で戦っている以上、
リスペクトは絶対に譲れない。
「お客さまは神様」とは、正直思っていません。
自分が学んできた文化、技術、シェフたちに恥じるようなことはしない。
ルール違反、マナー違反は、たとえ求められてもやりません。
Q:若い料理人、これから食の世界を目指す人へ
やっぱり守破離ですね。
基礎は反復練習で、退屈で、きつい。
でも、そこを通らないと「破」と「離」はない。
今は、AIもあって、レシピも情報もすぐ手に入る時代。
それでも、基礎の反復だけはスキップしないでほしい。
根っこと幹を太くしないと、
きれいな花は咲かないし、
何かあったときに倒れてしまう。
とはいえ、新しい時代のやり方も、正直楽しみです。
守破離をスキップして、ビジネスとして成功する人もいる。
それも一つの正解。
だから、親父世代が口出すことじゃない。
新しい時代は、新しい人たちが作ればいい。
Q:これからの食の世界に必要な価値観は?
(いろいろ考えて、、、)
これからは、
「どこで、誰が、どうやって作っているのか」
という背景が、ますます大事になる時代だと思います。
味だけではなく、その料理が生まれたストーリーや、食材の背景も含めて、きちんと伝えていくことが求められる。
そして、結局、すごくシンプルなことだと思っていて、
どんなにテクノロジーが進化しても、未来食や昆虫食が出てきても、
人が作ったものを、人が食べるという根本は変わらない。
そこは、AIでは補えない。
だから、料理人の価値は、これからもっと上がる。
そう信じています。
最後に一言 間中シェフにとって、料理とは?
難しいですね……。
でも一言で言うなら、
「夢」。
料理のおかげで、こんなに多くの国に行けて、
たくさんの経験ができた。
だからこそ、恩返しがしたい。
料理人という仕事が、子どもたちの「夢トップ10」に戻れるように。
そのために、頑張らないといけない。
だから、料理は「夢」です。
(私)
ありがとうございました。料理は、「夢」。いいですね。
今日はとても素晴らしい話が聞けました。
こうやって改めて、料理人人生について深掘りすると、感慨深いものがありますね。
(間中シェフ)
自分も今回の質問を通して、人生を振り返り、料理により深く向き合うことができました。
ありがとうございます。

間中弘(Hiroshi Manaka)
Five (Modern European) ヘッドシェフ
Venues – FIVE – Australia’s Premier Japanese Culture Dining Precinct | Sydney
<経歴>
ヨーロッパ各地のミシュラン星付きレストランにて研鑽を積み、国際的なキャリアを築く。
イタリアの名門「ヴィラ・クレスピ(Villa Crespi)」「ダ・ヴィットリオ(Da Vittorio)」にてキャリアをスタートさせた後、スペインへ渡り、サン・セバスチャン(San Sebastián)の「ムガリッツ(Mugaritz)」、デニアの「キケ・ダコスタ(Quique Dacosta)」といった世界的評価を受けるレストランで経験を重ねる。
その後、フランス・パリの「アガペ・サブスタンス(Agapé Substance)」「ラ・ビガラード(La Bigarrade)」にて研修を積み、料理人としての表現の幅をさらに広げる。
オーストラリア・シドニーでは、「ルミ・ダイニング(LuMi Dining)」にてスーシェフとして活躍。
その後、日本・東京での活動を経て、オーストラリア・マクマホンズ・ポイントにオープンした「シャーロット・バー&ビストロ(Charlotte Bar & Bistro)」のヘッドシェフとして就任し、店舗の立ち上げと運営を牽引。併せて「アザブ・シェフズテーブル(Azabu’s Chef’s Table)」にてポップアップ・レジデンシーも担当。
現在は、これまでに培ったヨーロッパ料理の経験と感性を礎に、「ファイブ(Five)」にてモダン・ヨーロピアン・キュイジーヌを提供している。