9 Feb
料理の裏側|シェフのリアルに触れる、本音対談 Vol.2
間中弘(Hiroshi Manaka)シェフ 今回のゲストは、イタリア、スペイン、フランス──。ヨーロッパ各地のミシュラン星付きレストランで経験を積み重ね、国やジャンルにとらわれない視点を持つ料理人 間中弘シェフ。 「Washoku Oceania Networkなのに、和食じゃないの?」 そう思われた方もいるかもしれません。 けれど、彼の料理や言葉に触れるとすぐに気づきます。 今彼が手がけているレストランの随所に、日本的な精神性や感覚が、自然なかたちで息づいていることを。 自身がヘッドシェフを務めるレストラン「Five」も、五味. 五色. 五法. 五適. 五感など、日本の五行思想に由来していると聞けば、話を聞かずにはいられません。 インタビューでは、料理への強烈な情熱はもちろん、修業時代に人間不信に陥った経験や、海外での葛藤など、普段はなかなか表に出てこない一面も語ってくれました。 特に印象的だったのは、子どもの頃からの夢を叶えた今もなお、 「でも、いまだに夢の中です」 と語ったその言葉。 料理人という仕事の奥深さと美しさを、改めて感じさせられる対談です。 実は最初はイタリアン志望ではなかった、という話もとても楽しかったです。 それでは、早速始めましょう。 インタビュー開始 (私) 今日はよろしくお願いします。 いつも会うときとはちょっと違う雰囲気ですが、楽しくいきましょう。 (間中シェフ) 緊張するな(笑) Q:料理の道に進んだきっかけは何ですか? 正直、「これだ!」っていう決定的なきっかけがあったかというと、あんまりなくて。 でも気づいたら、料理人になることが夢だった、という感じなんですよね。 小学校の文集に、「料理人になって、自分の店を持つ」って書いていたらしくて。 自分でもほとんど記憶がないんですけど、小学2年生くらいから、そう思っていたみたいです。 母ちゃんが料理好きで、よく手伝ってたのも大きいですね。 特にミートソースがすごく得意で、それが小学校の友達に大人気だったんですよ。 友達が遊びに来ると振る舞ったりして。 そのときに、 「おいしいものって、人をつなぐ力があるんだな」 「人を笑顔にする力があるんだな」 って、自然と感じていた気がします。 テレビやドラマでも、料理人が主役の番組が多かった時代で。 作っている姿や立ち振る舞いに、素直に憧れていました。 (私) わかる! 私も小学校の卒業式で「一流の中華料理人になる!」って言った記憶がある。 (間中シェフ) (笑)中華だったんだ!俺は寿司屋になるって言ってたな。 そういう記憶って、ちゃんとつながってるんですよね。 子どもながらに外からの刺激を受けて、将来の姿を無意識に描いている。 ……でもね、いまだに夢の中です。 […]
14 Jan
What is The Manaita-biraki まな板開き(包丁式)
Manaita-biraki — A Ritual of Gratitude, Skill, and Respect for Life — Every New Year, Japanese chefs begin their work not with cooking, but with prayer and ritual. Manaita-biraki, literally meaning “opening the cutting board,” is a traditional ceremony marking the first use of knives and cutting boards of the year. Rooted in Shinto belief, […]
9 Jan
What Is the “Chefs chat (Tabete Mite Zadankai)”?
Chefs Chat (Tabete Mite Zadankai) is an experiential event that goes beyond simply tasting a dish as a finished product. By eating, observing, and talking together, participants are invited to explore the deeper layers of food. It is not just a tasting session, not a cooking class, and not a formal lecture. It is a […]
8 Jan
Learning from Nanakusa-gayu: How to Use and Tame Bitterness
On January 7, I prepared Nanakusa-gayu. Nanakusa-gayu is a traditional Japanese rice porridge eaten on January 7, made with seven spring herbs. It is believed to promote good health, help the body recover after the New Year festivities, and ward off illness for the coming year. As I live in Australia, however, I didn’t […]
28 Oct
Spreading Washoku to the World — The Future of Food Culture Seen Through Three Eras —
To share Japanese cuisine beyond Japan — to make it something people can enjoy and understand anywhere in the world — I believe there are three key stages in this cultural journey. Step 1: The Era of Rediscovery (Post-war to Early 21st Century) The first step begins with understanding Washoku ourselves. What is Washoku? […]
28 Oct
和食を世界に広める ― 三つの時代から見る食文化の未来 ―
日本料理を日本国内だけでなく、 「どの国に行っても同じように食べられるようにする」 あるいは 「和食の精神を世界に広める」 ためには、 大きく三つのステップがあると私は考えています。 第一ステップ:和食の再認識の時代(戦後〜21世紀前半) まず必要なのは、私たち日本人自身が和食を正しく理解することです。 「和食とは何か?」「日本の食材とは何か?」「料理と文化の関係は?」 こうした問いを改めて見つめ直す時期です。 海外で暮らして感じるのは、日本の食材の質や料理技術の高さ、 そしてそれを支える文化的な土台の豊かさです。 しかし一方で、海外では「寿司を食べたことがない」「生魚は苦手」という人もまだ多くいます。 実際に食べてもらうと「とても美味しい!」と驚かれることが多く、 それだけ“本物の和食”がまだ十分に知られていないという現実があります。 つまり、和食は「すでに世界に浸透している」と思い込んでいるのは、 私たち自身の錯覚かもしれません。 これは脳の働きである**網様体賦活系(もうようたいふかつけい)**により、 自分に関係する情報を過大に捉えてしまう現象といえます。 この時代は、海外へ和食を広めるための「力を蓄える時期」。 料理人が知識・経験・技術を深め、 日本国内と海外の両面で基盤を築いていく時代です。 和食を伝える方法は主に2つあります。 • 日本に外国人を招き、国内で和食を伝える方法 • 日本人が海外に出て、現地で和食を伝える方法 どちらも、和食を広める上で欠かせない両輪です。 第二ステップ:興味と浸透の時代(21世紀前半〜) 私たちがいま生きているのは、まさにこの時代の後半です。 この時期を象徴するのが Sushi Roll(寿司ロール) の誕生です。 カリフォルニアロールのように、 海外の感性でアレンジされた寿司が現地で受け入れられ、 やがて日本にも逆輸入されました。 このステップの本質は、「和食の常識を外すこと」。 和食がここまで浸透したのは、 “そのままの形”ではなく、“現地の文化に合わせて柔軟に変化した”からです。 この時代の後半には、 […]
29 Sep
Leaving Washoku Names in Japanese
-Why We Don’t Translate “Sushi” into “Vinegared Rice with Raw Fish” – Washoku, or traditional Japanese cuisine, is beloved around the world.Names like Sushi, Tempura, Ramen, and Sake have already crossed borders and are now used almost like international words. But here is something important: we should keep the names of Washoku in Japanese, without […]
29 Sep
Washokuの名前を日本語のまま残すということ
–「Sushi」を「vinegared rice with raw fish」と訳さない理由- 世界中の人々に愛される 和食(Washoku)。 Sushi、Tempura、Ramen、Sake… いまや多くの料理名が国境を越えて広まり、国際語のように使われています。 しかしここで大切なのは、 「和食の名前を翻訳せず、日本語のまま表記する」 という姿勢です。 「寿司=Sushi」と書くのは自然でも、「寿司=vinegared rice with raw fish」と説明してしまうと、そこに宿る何かが失われてしまいます。 ではなぜ、日本語表記のまま残すことが重要なのでしょうか? ① 翻訳で失われるニュアンス 言葉には「意味」だけでなく、その背景にある 文化・歴史・感覚 が含まれています。 寿司(sushi) 「vinegared rice with raw fish」と訳すと「生魚+酢飯」と誤解されがちです。 しかし寿司には握り寿司、巻き寿司、押し寿司、ちらし寿司など多様な形があり、「raw fish」だけでは到底説明できません。 味噌(miso) 「fermented soybean paste」と訳すことは可能ですが、実際には米麹や麦麹も使われ、地域ごとに赤味噌・白味噌・合わせ味噌が存在します。 日本人にとって味噌は単なる調味料ではなく、 健康と日常を支える基盤 なのです。 翻訳は便利ですが、そこに込められた 多様性と文脈 を切り捨ててしまいます。 ② 名前は文化の「ブランド」 料理名は単なるラベルではなく、文化を象徴する ブランド です。 「Kimchi(キムチ)」を「fermented spicy cabbage」とは呼びません。 「Paella(パエリア)」を「Spanish mixed rice dish」と言ったら、そこに込められた地域の誇りは消えてしまいます。 和食も同じです。 Sushi や Sake は、日本文化そのものを背負ったブランド。 翻訳してしまえば、そのブランド力と文化的重みが薄れてしまいます。 ③ 日本語のまま表記することで学びが生まれる 日本語のまま残すと、食べ手は「これは何だろう?」と興味を持ち、学ぶきっかけになります。 Onigiri → 単なる rice ball ではなく、日本の生活文化の象徴。 Dashi → broth では訳しきれない、昆布と鰹節の旨味の哲学。 Kaiseki → course meal ではなく、茶道から発展した美意識の結晶。 […]